11.06.14
阿波の国、上勝町のおばあちゃん達 その2 (トラばあさんの大福帳)
私はこの書を読み他人事とはとても思えない懐かしさと深い共感を受けました。
なぜならば阿波の国、上勝町は私の父の母の故郷です。私は孫になります。父は1908年(明治41年)北海道岩見沢町生まれの農家・トラさんの第三子です。
父の母「トラ」ばあさんは、1874年(明治11年)上勝町字傍示で生まれ17のとき爺さんと結婚し、この貧しき山村の多くの近隣家族が跡取りを残して北海道に開拓農民として渡道しました。これまで未踏の原始林を切り拓き次第に耕地を広げていった矢先の10年後、馬耕中に暴れだした馬に爺さんは胸板を蹴りあげられて不帰の人となってしまいました。
このときトラさん31歳であった。若くして寡婦となったトラさんは、爺さんがしていた過酷な開拓の労働や家計を背負わざろう得なくなり、近くに構えていた本家のきびしい祖父により「大福帳」を付けることを厳命されました。徳島の上勝の山峡で生まれ育ったトラさんは学校に行っておらず文字が書けず「大福帳」を付けられなかった。
しかし、トラさんは四年生であったわが娘に筆の持ち方、アイウエオや、一、ニ、三などの読み書きを習い、折れた釘のような文字で、「大福帳」に買物した品物の値段や学校への寄付、子供の下駄代などを羅列記入していった。
父はこの母「トラ」さんや母とともに北の大地に向かった方々の故郷阿波の国とその家族をこよなく愛し、そのルーツを辿りたびたび訪れていました。そして「母の大福帳」なる詩を発表しています。
1972年(昭和47)トラさん98歳の天寿を全うするまで「讃岐男に阿波女」と言われるように頑張り強く働き者であり、その健気な女の生涯は、平成の上勝町の元気にして前向きな進取の気概のおばさん達(大福帳とパソコンを駆使している姿)の生きざまを映した合わせた鏡の中に、活写されているように思えてなりません。本章にも出ている菖蒲さんも、父の同郷の幼馴染の縁者でしょう。
行年90歳(平成7)鬼籍に入った父も、本書で紹介の故郷の復活や全国区になった元気なおばちゃんたちの様子を見て、天より母トラさんとともに喜び応援しているに違いないと思う。
最近やたら「見えなかった」ものが「見えないもの」の導きで「見える化」し、'ああそうだったんだ`と言うように「物語」になる経験をします。この章を読み、発表するのも不思議な縁でした。 一昨日もテレビで、上勝町のおばあちゃん達が全国からもう使わなくなった古い鯉のぼりを集め、それらをバッグや袋ものに再加工、生地・ 柄・色合いを生かしリメイクして、当地の特産品にしているというニュースを報じていました。その逞しく生涯現役で働く阿波女の面目躍如ぶりに感じ入ったものです。
最後に、父の詩と幼馴染の開拓同志の子、菖蒲さんによるトラさんの阿波女振りを彷彿させる随想文を添付しました。 ご笑読ください。
詩 母の大福帳 と トラさんの随想.doc
桜井記
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